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zoom RSS 犬を飼うということ

<<   作成日時 : 2012/11/24 01:59   >>

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タイトルを見たら同名のドラマがあって、それについて愚考を述べるのかと勘違いする向きもあるかも知れないが、私はそれほどミーハーでもない。
我が家に今2匹の犬がいてそれぞれが同居?するに至る物語があって、それを書き残したい気がして思わずキーを打っている。

実家では犬の散歩が生活の一部だったこともあり、一家の主になった時から犬が飼いたいとは漠然と考えていた。
紀州犬とビーグルの雑種であるその犬は、今から4年前にトレッキング中の爺・婆についてきて、あと少しで処分施設に送られる所を引き取ってきたのだ。
トレッキングといっても物見遊山の無責任な爺婆達が、山で見かけた可愛い子犬に餌を無思慮にも与えたことがきっかけだった。

爺さん婆さん達は愚かにも、ついてくる子犬に餌を与え続け、結局10数qもの山道を下山するまで連れ回したのだ。そして挙げ句の果てに「勝手についてきて困った」と言い残し、そこにいる人間に押し付けて逃げるように帰って行ったという。
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こう言うと世代間の断絶を作るから、団塊世代の悪口は極力言わないように心がけているのだが、こんな無責任馬鹿が多いから、思い出すたび今でも腹が立つ。

仮に預けられた施設の中で檻の中に入れられて、一晩中「クーンクーン」と泣いていたらしい。母親とはぐれて遠くまで歩いてきて、最後には暗い檻に入れられたら人間だって泣こうと言うものだ。
折悪しくと言うか、運良くというか預かり主からその話を聞いた時、どうにも黙っていられなくなり、ついつい「私が里親になる」と手を挙げてしまったのである。
後から聞いた話だが、それは処分施設に連れて行かれる数時間前の事だった…。

問題は奥様やお子様達に事前の話を何もしていないこと。
その時は義憤に駆られていたのもあるが、家に犬がいたら可愛いだろうなと漠然と考えていた事と、見るからに賢しげな子犬にはウチの家族も憐憫の情を催すだろう、と微妙な計算も確かにあった。

ホームセンターで首輪・リード・ドッグフードなど愛犬具一式を購入し、車に乗せて連れ帰って家族の反応を見た。奥様は予想通り難色を示したが、子供達は多少興味がある様子。ただ怖い母親に怯えて意見具申を控えているといった風情だ。
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その日の交渉は決裂。その夜は庭先に仮の犬小屋を設え、子犬は仮の養子として一晩を過ごすこととなった。

次の日私はそのまま出勤したが、奥様から昼の休憩時間に電話があった。子犬が逃げたと…。

奥様はそれから子犬を探しに行ったのだが、家の周辺に居たらしく奥様の顔を見た瞬間にトコトコ走って近寄ってきた。その姿を見て奥様も「飼ってもいいかな」と思ったらしい。
私が家に帰ったときには子供達と子犬の名前を決めていた。

これが『モモ』がウチに来ることとなった小さな歴史である。
今はもう家族の一員として、駄目な世帯主にしっかり要求を出すようになっている。


今日、狂言『靱猿』の話を見て、これを思い出したのです。

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