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zoom RSS 未だに色あせない教科書

<<   作成日時 : 2013/03/22 07:00   >>

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この間から奈良の桜井市在住の方のブログにお邪魔している。
桜井周辺のフィールドワークのお話を伺う度に、高速道路が今ほど整備されていない時代には、奈良から天理に向かい桜井に至る国道169号線をよく通った事を思い出した。

この道中の柳本付近から安部文殊院の手前までの間を、考古学好きの仲間達は『古墳ロード』とか『古墳の谷』とか勝手に呼んで、休日にフィールドワークをすることを快としていた。
今はみんな家庭を持っているので活動も活発ではなくなったが、東京の大学で学んだ仲間達の多くは関西在住になった時に、実際に色々な史跡を見て回らないではいられなかったのだ。
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昔は図上展開と言っても等高線が引かれた地図上に印を入れる程度だったから、実際に現地に行かないとイメージ出来ない事が多かった。
しかし、大学時代に航空写真を使った図上展開の仕方があると知り、それを教えてくれた先生の歴史地理学の授業は1回も欠席することなく受講した。お陰でここだけ成績は良かったのは余儀だったが…。

その授業で使っていた教科書というのが『空から見た歴史景観』という本である。
これは矢守一彦という著名な地理学者が編纂したものなのだが、巻頭で「本書などは、さしづめ地理学界よりは、むしろ歴史学界において愛用して頂けるような性格の一本と言えるのではないかと思う」と述べられている通り、歴史的景観を知るに画期的な本なのは疑いない。

例えば高校の教科書の記述に「天智天皇は白村江の戦いの後、防御のために大野城や水城を築いた」とあるが、大野城とはどんな城なのか水城とは一体どんなものなのか言葉だけでは想像できるはずもないし、位置関係も全くといって良いほど不明なのだ。

大学時代に九州北部をウロウロと徘徊して太宰府の都府楼や水城・大野城をみてまわったが、この本からの予備知識があったお陰で、俯瞰的観察を何の苦労もなく出来たのは大きかった。昔から『百聞は一見に如かず』というが正しくその通り。
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また、中世に堺の町人達が自治都市を作り上げていた事は知っていても、実際に堀の近くを見分するより航空写真と古絵図を照会した方が余程イメージがつかみやすい。

何故それがそこに存在するのか、歴史地理学というのは非常に奥が深く面白いものなのだと再認識している。

最近はGoogleマップという便利なものがあるおかげで、図上展開もイメージも随分しやすくなっている。
何という便利な世の中になったものだ…。

でも久しぶりに本を開いてみて、知的好奇心がむくむくと湧いてくるのを禁じ得ない。
もっと暖かくなったら、この本片手に史跡巡りをしてみたい。

と、いう事で今日から3日ほど逐電して、行方をくらましますので何卒ご容赦を。


[因みに外箱表紙に載っている写真は、件の柳本付近の航空写真です]




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
古墳ロードとはうまいことを言ったものですよね。国道169号線は今も天理街道と地元ではいうことが多いのですが、今から30年程前に県道から国道に格上げになった道です。纏向古墳群から大和古墳群といった古墳密集地を抜けるこの道は初期の大和朝廷の支配者、それにまつわる人々の墳丘ですから、まさしく「王家の谷」といってもよいほどの場所ですよね。
おっしゃるように歴史的な事柄は地理的な関係を十分に把握して臨むのとそうでないのとではその理解に大きな違いが生じますよね。日本書紀を読んで、壬申の乱に思いをはせるにも、葦の華麗背へと抜けた天武天皇の道行やら、大伴の兄弟があすかで旗揚げをし北上してゆく様子などはあのあたりの地理的関係を理解してはじめて心躍るものを感じるものだと思います。
また、私のように文学のほうからアプローチする場合にも、事情は異ならず、たとえば大津皇子の辞世
http://soramitu.net/zakki/archives/1133
のように、池のその位置によって、歌の理解がガラッと変わってしまいますからね・・・
三友亭主人
URL
2013/03/22 10:10
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

お返事の遅れました事、深くお詫び申し上げます。
パソコンが使えない環境におりましたもので、お返事する事が出来なかったのです。

さて、私たちの学生の頃には考古学関係の先生方と文献考証の先生方との間には深い溝がありました。
お互いの成果を整合しつつ史実に歩み寄るべきなのに、一方は他方の成果を勝手に利用するが決して認め合わない関係でした。

歴史的事象や古典を読み解くのに、当時の人たちの社会背景や地理的要因を理解してから触れるようにしないと、曲解を招く原因となってしまいます。
いつも感心するのが、当時の人たちの気持ちになって万葉集に向かわれている姿です。

文章だけベロ暗記する古典の読み方では、理解できない物が沢山ある事を思い出させてもらってます。
熱意と根気がないと出来ない事ですが、今後も色々とお教え下さい。
Nori
2013/03/25 09:31

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