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zoom RSS 桜と日本人…雑感

<<   作成日時 : 2013/03/30 07:00   >>

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桜が盛んに咲いている時期である。
散り際はゆっくり観察に専念したい。本当は散っていく花が一番綺麗だと思う。
ただ、それを撮影しようとはあまり思わない。絵を作るのが難しいという事もあるが、バタバタと撮影するよりじっくり見たいのだ。

吉田兼好のように無風流な事をするなと言いたい訳ではなく、その年の花をしっかり覚えておきたいだけだ。写真でいつでも見られる状態は好ましくない。
あくまでもその時だけ、一期一会だから美しく心に残るのだ。

しかし考えてみれば、江戸期以前の人達が見ていた桜は染井吉野ではない。
知ってる方は多いと思うが、吉野にある桜の殆どが日本原種の山桜である。
上の写真はおなじみのソメイヨシノで、下の写真は原種の山桜。
画像
古い建物の天井絵などに描かれた桜は、どれも染井吉野の様な派手な花ではない。
背が低く枝の曲がった、そして花と同時に開く葉も描かれている事が多い。
これは山桜の特徴でもある。
まあ、山桜と言っても変種が沢山存在しており、中には直線的な枝を持ち背の高いものもある。また、紅を差した様な花を咲かせるものもある。

吉野山の桜が綺麗なのは花の色が単一ではない事と、人間が植栽を行って作った桜だけではない事。そして重要なのは桜だけの極相林ではないことだ。
つまり、桜の中に杉の木を始めとする針葉樹が混じっているところにある。

確かに桜単体でも得も言われぬ美しい風景が成立する。これには異論はない。
しかし、その中に散在する緑色があるからこそ美しさが強調されるのだ。
常飲している酒がウィスキーだから比喩の方法がどうしてもそっちに行ってしまうが、シングルモルトはそれだけで完結する良さがある。
しかし、若干のグレーンが入る事により深みが増すのも事実である。

まあ、染井吉野の事を否定している訳でもなく、ましてや植栽で整えた桜の景色を否定している訳でもない。いずれも美しい景色であるのは言うまでもない。
ただ花を愛ずる気持ちは単純で良いと思っている。

こんな事を言うのは野暮の極みである事は判っていて、それでも敢えて言いたくなるのは、日本の美意識について変な曲解を招きやすい事を憂慮しているだけなのだ。
画像
以前にも書いたが本居宣長の歌に
『敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花』 と言うのがあって、散り際の美しさを詠ったものであるとか、軍国主義流布の為に使われたとか言う人がいる。
馬鹿か。
あまり激越な言葉は使いたくはないのだが、愚かとしか言いようがない。

桜の花は小さく、バラやボタンの様に大きく派手な花ではない。
それが一木として見ると見事なものがあり、緑の山の中にそれが散在する風景こそ美しいのだと宣長は言っているのだ。そしてそれが日本の心を表すものだと。

もう一つ付け加えると武士が桜を愛したのは散り際ではなく、散り方が美しかったからだ。
似たような花を持つ梅や桃が散る時には、額の部分から丸ごと落ちていく。
いわば首から落ちていく姿である。対して桜は花びらから散る。
つまり、首が落ちるという事を忌み嫌っての事である。

まあ世の中には贔屓の引き倒しと言う言葉もある事だから、あまりその人達を責めようとは思わない。

こんな野暮な話をせずに往古の英雄や文人達に思いを馳せながら、今年の花を愛ずることに専念したいのだが…。



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
僕はね、桜が散っていく様を見ると
かみさんが亡くなった日のことを想い出します。
空一面を舞う花びらの情景
釈迦の四苦八苦の中にある愛別離苦
(愛する者ともいずれ別れなければならない苦しみ)
を象徴する心象スケッチです。
もうすぐ命日です。
根岸冬生
2013/03/30 11:12
根岸さん コメント有り難うございます。

人が亡くなった時に心に残る花というのは、その方の心根を残された人たちが見るのだという話があります。
根岸さんの奥様はきっと桜の花のような方だったのでしょう。

私の先生は「故人に対する一番の供養は、その人の事を決して忘れない事だよ」と言っておりました。
こうやって誰かに奥様の事をお話しになるのが、何よりの供養になっているのではないでしょうか。

桜についてつまらない愚論を並べた無礼をお許し下さい。
Nori
2013/03/30 13:04
宣長の短歌に対するご意見、全く同感です。

>、散り際の美しさを詠ったものであるとか、軍国主義流布の為に使われたとか・・・

というのはあくまでもソメイヨシノをイメージしてのことでしょうが、ソメイヨシノの誕生は江戸の中期、あるいは末期。江戸の染井村で・・・という通説によれば江戸中期(前記?)の宣長先生はソメイヨシノを見たことはないはず・・・

なんて屁理屈はともかく、宣長が歌いたかったのは「朝日ににほふ」その清々しさであり決して散りゆく姿ではありませんよね。朝日ににおい立つような清澄な心の持ちよう(宣長先生の言葉を借りれば「清き明らけき心」)こそが大和心なんですよね。そこを曲解して強引にこの歌を理解すれば、宣長がきっと悔しがることでしょう・・・

ところで、桜というと私の場合は・・・郷里の東松島市野蒜に流れていた運河(貞山堀といって、伊達正宗の命で作り始められたもの)のほとりにあった桜並木を思い出します。小学校から高校の行き帰りに必ずその対岸にあった道を川面に映る桜を見ながら見たものでした。
その桜並木も・・・3.11のあの日・・・一本残らず流されてしまいました。
三友亭主人
URL
2013/03/30 17:09
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

日本の古典でも何でもこじつけたがる人達は…
詠んだ人が反論しない事を良い事に、わざと曲解するヤツもいる位です。
前後の文脈を隠して、その部分だけを抽出しても意味は理解しがたいですよね。
中学・高校の古典の教科書もそんな状態ですし…。

心の中に残る桜の景色が失われてしまったというのは、とてもつらい事です。
ウチの近所でも激甚災害に指定される位の災害があって、折れてしまったり災害復旧の名目で伐採されたり、景色が一変しています。
残された桜がけなげに咲いている姿を見ると、涙が出てくる事があります。

花粉症ではないんですけどね…。
Nori
2013/03/30 19:16

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