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zoom RSS 日本人の精神性 ある日の講義にて

<<   作成日時 : 2013/05/26 07:00   >>

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大学を出てからもう30年近くになる。
あのボロい建物の中で聞いた話を未だに思い出すというのは、当時かなり強烈な印象を受けたからに他ならない。そう考えると青少年期の教育というのは、とても大事なことなのが体験として理解できる。
と言うのもいつもお邪魔している三友亭主人さんのブログを読んで、色々思い出したのでもあるが。

大学2年の頃、旧帝国大学卒の同業偉人の方とお会いした時に「最近の学生は趣味に読書なんて書いてくる馬鹿がいる。読書は学生の本分であって、趣味だなどと寝ぼけた事を言う奴は話にならない。」と檄を飛ばされた。
ついでに「君たちは知らず知らずに西洋思想に染まって居ることも自覚しなければならない.」とも。

後からになって本居宣長先生が言われていた『漢意(からごころ)』を廃して古典に触れるべし、と言うことに繋がっているのだなとやっと理解した。
表現が判りづらいよ。

同じような時期に大学の講義では『演習』という課目が入り始めた。
私が生涯の師と仰ぐ2名の教授のうち、最も影響を受けた恩師に出会ったのも『演習』というゼミ形式で進められる授業に於いてであった。
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その先生は戦後日本の文化が進駐軍によってアメリカ式に染められそうになった時に、伝説となっている著名な先生方と一緒に敢然と立ち向かって、日本の伝統や文化を残す為に奔走したという経歴がある。謂わば日本の歴史・古典教育の恩人である。
正確には教授ではなく専任講師という立場だが、定年で第一線を引かれてから後進の指導のためにという理由で大学に残られていた。
しかし講義の中では一切その事には触れず、先生の過去を知らない者たちにとってはタダの気の良い爺様にしか見えなかったようだ。

何時からか足を悪くされていて常に杖を突きながら教室に現れ、馬鹿な若造の愚にもつかない意見を聞きながら、時折淡々と訂正と注釈を加えて行くのが常だった。
ある時、1人の学生が不用意に「日本人独特の考え方」という言葉を使った時のことである。

「君たちは西洋人と日本人との決定的な精神性の違いを理解しているか?」という質問を発せられた。誰も答えられる者は無く、一瞬の静寂が教室を包んだ。
それから「物質という概念に於いてだが…」と補足しながら、「西洋人から見てこの教室にあるものは人間以外全て物質ばかりです。この黒板もチョークも君たちの教科書も、そして私の鞄も。」
やにわに愛用の杖をぽーんと放り投げ、「この杖さえもタダの物質でしかない。」
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そしてゆっくりと立ち上がり、杖を拾い教壇に立てかけて
「だが、我が国では色々なものに魂が宿ると考える。」
それから先生は杖に謝るかのように手を合わせた。

その時それを聞いていた学生達は皆一斉に悟らされたのだった。

日本人が日本人たるべき心の奥底には、万物に対する愛情と畏敬の念が存在するのだ。
でも先生は言葉を追うだけの理解ではいけないのを知っていて、あえてそういう表現をされたのだろう。
その日の講義で先生がそれ以上これに触れることは無かった。

卒業して長い時間が過ぎ、先生も随分前にお亡くなりになったが、私はあの時の風景を決して忘れることは出来ない。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>日本人独特の・・・

ついつい使っちゃいますよね。けれども本当の意味で、「日本人独特の」ものを知るためには、それ以外のものを把握していなければならない。本居宣長にしたってその漢学の素養は並々ならぬものがあって、それなしには古事記伝なんてものは到底書けなかったはずですよね・・・

私は大学の頃、ベルギー人の先生に日本の方言学を学びました。その先生が口癖のように言っていたのは「日本人はなんでも日本の(あるいは日本語の)特徴だと考えたがる。」ということ。我々がこれは日本だけのことだろうと考えている一つ一つを、それはAの国にある、これはBの国にあると一々論破なされていました。

そのうえで「本当に日本だけのものを知ろうとするならば、同じぐらい外国のことを知らなければならない。」とおっしゃっていました。

その先生はもともと神父さんとして世界中を回っておられ、5か国語がペラペラ、それ以外に三つの国の言葉を読み書きできるといった力量の持ち主でしたからねえ・・・素直に頷かざるをえませんでした。
三友亭主人
URL
2013/05/26 08:41
三友亭主人さん コメント有り難うございます。
しばらく留守にしておりましたので、返事が遅くなりました。

古典を読む時には、当時の人間の気持ちになって読むのが基本であると教わりました。実はこれ鈴屋翁の教えそのままなんですよね。
今の人間の思想がどうやって形成されたかを分析して、要らない物を排除する為には、そのことをつぶさに知らないといけない訳でして…。

如何に自分が西洋的倫理観の影響を受けていたのか、よく判りましたね。
同時に自国の文化というのは如何に大切なものかということも学びました。
この頃に私の基本的考え方(思想などと言うと大仰なので)が確立しましたね。

実はもう1人凄い先生に出会ったのですが、それは後日…。


Nori
2013/05/27 10:34

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