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zoom RSS 深く考察するという事

<<   作成日時 : 2013/08/06 18:00   >>

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ここのところ個人的に予定が詰まっていて、忙しいやら落ち着かないやらで定期更新の時期が半日遅れてしまいました。まあ、その日のウチに決着したという事で、大目に見てやって下さい。

その個人的な予定に何を入れていたかといえば、ウチにいる受験生と一緒に大学を廻ってみるという事で休日を過ごしている。つまりは所謂オープンキャンパスのお供を仰せつかっているのだ。
自分が大学にいた頃というのは、霞がかかるくらい遙か昔に過ぎ去ってしまったけれども、たまに大学というものの空気を吸うのも悪くない。
というのも少しだけあの頃の感覚が戻ってきて、自分でも以外だったがとても楽しかったのだ。

キャンパスの中をグルグル回るのも面白かったが,とりわけ模擬講義を可愛い子供達と一緒に受けてみたのはなかなかの収穫だった。
学部・学科を代表して出てくる先生達なので、入学後にどんな研究が出来るかの指標になる。とは言っても難関の入試を突破出来たらという仮定の話で、絵に描いた餅にならない様に頑張ってくれる事を期待してという切ない条件が付いた上での話である。
画像
                 『稲荷山より京都市内を臨む』

言い遅れたが我が家の受験生は、日本文学を研究する方面に進みたいという野望?を持っており、野望実現のための一歩としてその方面の学校ばかり見学している。
実はこのオヤジも学科こそ違え、文学士という最低レベルの学位を持っているヤツでもあるので、興味津々なのはいうまでもない。

そして幾つかの大学に行ったのだけれども、或る先生の話は別の意味で非常に興味深く、自分の子供を預ける事に躊躇を覚えてしまったのだった。
多分それはご自分が研究なさっている事を抽出して話をされたのだと思うが。

私も掻い摘んで話をするが、樋口一葉の『たけくらべ』には一定の評価が下されているが、『われから』という作品の評価が低い理由を、当時の人々に「女性はこうあるべきだ」という固定観念があって、この作品に登場する主人公がそれにそぐわないという理由だけで貶められているからだという。
その証拠として森鴎外・幸田露伴・齋藤緑雨が行った『三人冗語』という合評の文章を抽出して、「このように当時の間違った社会規範に合わないものを排除した」と非難し、ついでに森鴎外始め他お二方も批判の対象であると。そして当然その時代も批判せねばならぬと。

確かに当時の倫理観の中に女性に対して寛大でなかった部分は有るだろう。否定はしない。
ただ研究というならばその時代や生きてきた人々を批判するだけでは、文学研究的意味を為さないのではないか。
当時の社会の背景や文化というものを理解して文章を読み進めると、その意味や価値が際立ったものとなる筈で、然る後にその作品の優劣を語る事に意味がある。

自分が導き出したい結果を得んがために、都合の良い箇所だけ抽出し都合の良い資料だけを羅列すれば、確かにその様に見せる事は可能であろう。
しかしそれは真実ではない。
そして今現在の価値観で過去を全て否定することは、大きな意味を為さない、というか意味無い。

たとえば樋口一葉が世に出たのは、この三人の力に負うところが大きいのだ。
そしてこの方々は当時としては珍しく女性に寛大な思想を持っていた人達なのだ。現に鴎外などは日本初の女性団体『新婦人協会』の設立にも尽力している。
これらの事実を隠してまで非難したいというのは研究者として是なのか?
『三人冗語』のコメントの一部で、彼らの全ての様に語るのは是なのか?

そして結局『われから』の内容にも言及せず、どう読むべきなのかという話もない。
何の結果も生み出さない批判のための批判論でしかなかった。
こりゃあフラストレーションが溜まるわ…。

本来これをどう読むべきかを深く考察するべきである。
まあ学問の研究についての入り口である大学では、論の組み立て方よりも深く考察することを教えるべきではないだろうか。

と、こんなトーシローの田舎のオッサンにまで突っ込みを入れられるというのは、大学の研究者としてどうなんだろう。
これについての反論の用意は当然あるのだろうけれど。

学生は優秀なのに、教える方は…。
じゃによって、子供を預ける気が少々萎えてしまったのだった。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは
記事を拝見すると、木を見て森を見ず、の人。
そういう人が「大学」で「教えて」いるんですね。
ごく普通に聴いて、底が見えてしまうのは……
難点はありますが、結局は学ぶ人によると思います。
只野乙山
URL
2013/08/08 20:57
乙山先生 コメント有り難うございます。

明治期と現在では価値観や習俗が大きく異なっていて、そのまま文章を読んでも正しい理解になるか微妙な部分でして…。
古典と接する方法と似た様な読み方をしないといけないのではと思った次第でして。

明治期の女流文学者が如何に虐げられてきたか、もしくは男目線で造られた近代文学史は間違っているという事を言いたかったのだろうと思います。

牽強付会・我田引水という言葉がピッタリ来る話でした。
そしてもはや小説の中身はどうでも良い感じでした。
学科を代表して出てくる方であろう筈なので、余計にがっくりした次第です。

とか言っても合格出来てからの話なんですけどね。
Nori
2013/08/09 08:26

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