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zoom RSS 我が青春の残影はいずこへ

<<   作成日時 : 2014/08/05 07:00   >>

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先日出張で北陸の街へ行った。
問わず語りにこのブログで私の出身地について触れているが、北陸の小さい街が私の故郷である。そして帰郷の時に自動車で帰ることばかりで、電車を利用して帰ることはここ十数年無かったことは確かである。

新大阪から特急サンダーバードに乗って到着したのは、10代後半の多感な時期の色々な思い出のある街だった。と言うのもロードショーが掛かるような大きな映画館は近隣でこの街にしか無く、女の子とのデートなどこの街に行くのがデフォルトだったのだ。
まあ当然映画だけ見て帰るということだけでなく、少なくともお茶の一杯も飲んで帰ったから、いつも行く店なんかもこの町にあったのだった。
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前述の通り社会人になって自分の車を手に入れてから、電車で帰るよりも便利なのと運転が好きな事も手伝って殆ど電車に乗らなくなった。
自宅周辺の変化は色々あって新しい道路が出来て道に迷ったり、以前無かった様な色々な店が出来ていてビックリしたりもあった。でもこの駅前の光景はつい最近まで変化が起こっているなど念頭になかった。

私の子供の頃この町には色々とおしゃれな店や有名な店が軒を並べ、いつ行っても沢山の老若男女が街を歩いていた。周辺の田舎町の人達は買い物をする時や良い食事をしようとする時とか、必ずこの街へ行くのが普通だったのだ。
例えば街の中心ににある百貨店の包装紙に包んであれば高級品と見なされ、ギフトの送り主の心根を斟酌する手段ともなっていた。そして北陸地区最初の地下街というのもこの駅にあり、今思えば随分手狭なエリアではあったがとても賑やかだったな。

食事をしようと思えば本格的な洋食屋や割烹があり、お茶を飲もうと思えば小洒落たパフェを出してくれるパーラーなんぞもあった。隅には何時も良い匂いをさせている餃子とシュウマイのテイクアウト専門店があって、子供の頃に何時も親を困らせた品揃え豊富なおもちゃ屋のことも覚えている。そして中学生のころは有名な洋品屋の店先のディスプレイがとても気になったりした。
これらの中でも森永パーラーという店には思い入れがあった。何故なら生まれて初めて女性との1対1のデートで使った店だったのだ。
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その女性と映画館に行った後で手も握ることも出来ず、どうしたらいいのか皆目判らないままこの店に入った。その時簡単な食事をしたけれど、何をどう喰ったかも覚えていない様なザマだったのは言うまでもない。なんと純情な。
今だったら手を握るだけでは済まないだろうな。

そして駅前には多くの飲食店が入っている雑居ビルがあって、そのビルの前が各所から来るバスの発着所になっていた。そこにあったお好み焼き屋にも思い出があって、当時お付き合いしていた女性と時折行ったのだ。
当時の私は今より僅かに馬鹿であったから列車で帰れば早いのに、彼女と一時でも長く一緒にいたかったばかりにワザとバスに乗ったりしたのだった。いやいや何というか。
つまらない話になってしまったが、要は胸が苦しくなるような思い出がある街だったという事である。

そしてこの間の事…。
列車を降りてホームから改札に向かった時に何か違和感を感じた。駅が全くの別物になってしまっていた。まるで未来都市のような。そして私はまるで浦島太郎。だがその時は人との約束の時間が有ったから、深く考えることもなくそのまま駅を出た。まあ待ち合わせの場所が元々盛り場ではない方の出口だったから、大切な事に気付かなかったのだけれど。

帰りの日にタクシーで盛り場じゃない方の入り口に着いた。
少し時間に余裕があったから、以前有った『ステーションデパート』らしき場所に向かって土産を買うこととする。しかし随分と手狭。以前の土産物売場から見るととても狭い。
最近は電車を利用する人も減ったんだろうなとか考えながら、土産を買った後で件の地下街はどうなっているか見てみたくなった。

地下に降りるのにエスカレーターがあって便利になったなと、その時は脳天気に考えていたのだ。でも降りた先は私の知っている地下街ではなかった。
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地下街の終点の風景には見覚えがあるのに、並んでいる店は知らない店ばかり。そして店の数も極端に少ない。半分がフリースペースとやらになっている。
「え?」という信じられない気持ちが一杯のまま、しばらく地下街を彷徨い歩いた。それから地上に出て駅前の雑居ビルを探した。無い。何も無い。
私は余りの喪失感にしばらくその場で呆然と佇んだ。

少しの間をおいて時計を見たら予定の列車時刻を過ぎていた。本当にぼーっとしていたらしい。それからみどりの窓口に行って列車を変更し、ビルの中のカフェに入って頭を整理した。首の後ろに酷く汗をかいている。なんだろ、これ。
煙草を一服して少し落ち着いてから、コーヒーを飲みながら色々と思い出していた。

帰りの列車の中で平行して走っている『北陸新幹線』の高架を見ながら、あの街が衰退してしまった理由をあれこれ考えた。そしてあの頃の街が今でもどこかにある様な錯覚が頭を離れなかった。
実は今でもあの街が日本のどこかに有るような気がしている。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
その時々の・・・その場所に住まいする人によって、ずんずんと変えられてしまうのが、その街並みのありかたなんでしょうね。
私はなかなか人の名前は覚えられませんが、この日新たに何人かの人により、街角の変化に拍車をかけることもあるんでしょうね・・・
三友亭主人
URL
2014/08/07 23:15
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

最近は車中心社会となってしまったせいで、何処へ行っても駅前がもの凄く寂れていますよね。
一方で郊外の大規模店舗には溢れんばかりに人がやって来ます。
栄枯盛衰というのは世の常ではありますが、そこにあったはずのものがゴッソリなくなってしまうのは寂しいものです。

こんな事を書いてますが東北の方々の事を考えたら、凄く生温い事を言ってる事は判ります。
ただ少しだけ東北の方々の気持ちが判った様な気もしています。

それと日本の地方全てが衰退に向かっていると言う現実を目の前にして、なにか方策はないのかと考えたりしますね。
このまま地方が駄目になるのを座視するだけというのは辛すぎると。
Nori
2014/08/08 11:01

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