この辺りの者でござる…

アクセスカウンタ

zoom RSS 洗練というものは

<<   作成日時 : 2014/10/07 07:00   >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

人には多く語らないが抹茶好きである。
機会が有る時に京都の寺などを訪ねては、一室で茶を馳走になっている。
というのも子供の頃、大叔母にあたる人が茶道の師範をしていて、週末に姉がお稽古に通っていったのに同行していたことに始まる。当然ものの判らないクソガキであったが故に、退屈な時間だとしか理解していなかったのだけれども、大学の冬休みに祖父と共に茶室で一服ご馳走になってから意識が変わった。

茶道の作法というのは茶室に入る時から始まって、お手前を頂戴して座を立つまで貫かれているものである。亭主の心尽くしを受け止める知識と器量も試されるし、こちらの心映えを表現する動作の美しさも必要となる。
恥ずかしながら私は亭主の心尽くしにはある程度気が付くけれども、こちらの心映えを示す手段を持たない。つまり詳しい作法を知らないのである。
画像

しかし作法の起居進退というのはそれぞれに意味があって、さり気ない動作に含まれている意味など調べてみると非常に興味深い。それぞれの作法は元々もっと沢山の動作を伴うものだったのだが、余分なものを削ぎ落としていった結果が今の作法になっているのだ。
これは茶道の基本に禅の思想が存在することもあるが、古来より日本人には余計なものを削ぎ落としてカスタマイズする能力があることに由来するものと思われる。

ただ単に簡素化するという事だけではなく、物事の本質に何があるかを見極めて純化するという作業を繰り返す。本来はこれを洗練という。
つまり純化する過程で本質を見極められないと、ただの簡素化に堕してしまうのだ。

何でまたこんな小難しい話をしているのかと言えば、ハッキリ言って酒の味の話なのである。それもきっかけは「某社のウィスキーは洗練されている」とかいう話を小耳に挟んだというつまらないものだったりして。
自称スコッチ好きの人間がその会社のウィスキーは洗練されていて飲みやすいけれども、他社の酒は飲みにくくて嫌いだと発言していたのが気になったのだ。
画像

このブログの記事に時折書いていることであるけれども、酒は基本的に嗜好品であることは間違いない。嗜好品であるが故に色々な個性のうちで自分に合ったものを選択する。それが普通の事だと思う。だから個性を抑えた間口の広い酒を好む人間が居ても不思議ではない。
しかし個性を抑えた間口の広い酒を『洗練された酒』と表現するのは妥当では無い。

ではウィスキーの基本的な香味というのは何かというと、花や果物に例えられる華やかな香りとか樽の香りなどが中心的なものであろう。周知の事ではあるが蒸留したばかりのニューポットにこの風味は無い。あるとすれば麦芽の成長を止めるために燻すという行程を経ているため、燻煙香やピート・ヨードの匂いは付いているだろう。その他の芳香は樽貯蔵による熟成の過程で蒸留直後の悪臭がゆっくりと変化したものなのだ。

使用する樽の材質によって香味も随分違っているし、その樽が以前どんな酒を貯蔵していたのかによっても味が変わってくる。そうやって蒸留所特有の個性を持った色々な酒が誕生するのであって、巷のウィスキー好きはこの個性の違いを感じるのを快としているのだと思う。だから個性の立っていない酒を好んでいる訳ではない。

この人の言う洗練というのはどうやら個性を抑えたものであるらしく、ホントにスコッチ好きであるのかは甚だ疑わしいところではある。彼の言を検証すると白州12年より新山崎、竹鶴12年よりはノンエイジ竹鶴、エンブレムよりボストンクラブの方がより洗練された酒ということになろう。つまりはあまり寝かしていない風味の酒が好みだと。
画像

私の考えるウィスキーの洗練とは、暴れ馬のように猛々しいニューポットを樽熟成していくうちに陶然とするような酒に変化していく様を言うのだと考える。
刺々しい酒が樽の中で少しずつ化学変化を起こしながら、次第に不必要な尖ったものが削られてまろやかになるのであるから、まさしく洗練されたと言うのが妥当であろう。
とは少し言い過ぎかとは思うが、少なくとも熟成不足の酒を竹炭濾過する事を洗練とは呼ばないのだ。

前の記事で角瓶のことを取り上げたけれども、この酒の良いところは没個性なことだろうと思う。この酒のお蔭でシーバスリーガル12年がウェルバランスなだけでなく、とても懐の深い良い酒である事が判る。またキングスランドが余市の個性が立ったスコッチに比肩しうる酒である事も理解した。そしてダブルブラックのブレンダーの意図も。

それでも私はこれらの酒より角瓶が洗練されているとは、絶対に・決して・誰が何と言おうとも思わないのだ。




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
ナイス ナイス

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
茶にしろ、酒にしろ基本的には嗜好品。
嗜好品である以上、その対象を選定するものはあくまでも好みの問題ですよね。
ですから、洗練されていようと、荒々しく野卑であろうとご当人が好きであれば、その対象がどんなものであろうとそれは他者には何も言えぬこと。
しかしながら、その対象が洗練されているかどうか・・・こちらの方は好みよりもより客観的な基準が求めやすいことでしょうから、おっしゃることは至極ごもっともかと思います。私の場合ゆえあって、S社の製品は遠ざけていますので、比較し云々出来る立場ではないのですが、たとえば私の愛飲する清酒。
これまた蔵によってその個性は様々ですが、私の場合は好きか嫌いかとその蔵がいかにていねいに酒造りをしているかとは別問題ですね。
飲んでみて、その蔵がいかに心を込めて酒を醸しているかは分かるわけですが、うん、この蔵は実に良い造りをしているななんて思いながらも、やはり・・・好みでないものは飲めない。
まあ、手を抜いている蔵のものはそれ以前のことになりますが・・・・
三友亭主人
URL
2014/10/08 07:49
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

記事にもありますか、その人間がどのような酒を好むのかは千差万別であると思います。ただ、個性の立った酒を「洗練されていない」と表現するのは問題があります。

樽熟成によって別物の酒になっていく様子を『洗練された』と表現するのが妥当だと考えていて、未だにニューポットの性格を持ち続けている個性の薄い酒を洗練されていると呼ぶのは間違ってますね。

コメントを頂いている通り熟成の時間を惜しんで、色々な余計な手を加えるのは洗練とは逆の発想ではないかと思います。
まあそのまま市場に出せない状態だから色々余計な事をするんでしょうけどね。

日本酒でもそのままで勝負出来る蔵の酒は結構受け入れられやすいんでしょうけど、色んなものをゴテゴテと添加したものは敬遠されてしまうのも同じ道理かと。
醸造用アルコールを多少添加するくらいは良いんですけどね。

酒の味を無くした酒のほうが女子達には理解しやすいんでしょうけどね。
Nori
2014/10/08 08:46

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
洗練というものは この辺りの者でござる…/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる