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zoom RSS 空いた穴は塞がるか?

<<   作成日時 : 2015/11/18 07:00   >>

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子供達が京都の学校に行く様になってから、京都の町をゆっくりと歩く様になった。
そんな昨今薄氷堂さんのブログにある『過去の写真』を拝見して、もう見る事の出来ない風景は色々な場所にあるのだなと感じた。それについては薄氷堂さんのブログにもコメントを差し上げているが、風景にみる喪失感という事について書いてみたい。
とは言ってもそんなに難しい事を考えているのではないけれど。

ここを訪れて下さる皆様は私が仕事柄、古くさい物・カビの生えた物に触れる機会が多い人間だと理解して頂いていると思う。まあ仕事だからやっていることであるし、個人的には古いものばかりが好きという訳でも無い。
でも少し前に失われてしまった、若しくは近い将来に失われることが確実な事物について何某かの感情を禁じ得ない。

具体的に何を指しているかというと現在ウチの下の子が住んでいる京都の街中で、様々な歴史を刻んで居るであろう町家がドンドンと姿を消していることがとても残念なのだ。
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              〈京町家〉−ウィキペディアより引用−

最近は京町家を再利用して若者達のアートスペースにするなどの活動も行われるようにはなったが、それで保存される町家の数はほんの一握りだ。現実にウチのお嬢様が住んでいた千本通りの近辺では、細い通りを歩く度に今もどこかで住宅工事が行われている。家の建て替えならまだ良い方で、更地になったまま放置されたり駐車場になっている空き地も多く、それを見る度に大きく開いた穴を連想してしまうのだ。
まあ、千本今出川周辺でそんな駐車場を多用してはいたけれど。

私が京町家に興味を持つきっかけになったのが、堀川下立売周辺にある『松葉屋』という旅館である。ネット検索ですぐに引っかかる松葉屋とは違います。念のため。
以前京都出張の際、ホテルがとれなくて四苦八苦している事を生粋の京都人の方に相談をしたら、「だったら京都らしい所の方が良いね」と紹介してくれた宿である。

そこは坪庭のある町家造りそのままの部屋に泊まれる、旅館と民宿の中間に位置するような風情のある宿だった。侘びた感じの家々の間の狭い隙間に袋小路に入るための小さい門があり、何か秘密の場所に入るかのような雰囲気があった。嘘の様な本当の話だが、宿泊している私が普通に歩いていて見落として通り過ぎる位のさり気ない景色だったのだ。
画像
              〈京町家〉−ウィキペディアより引用−

元々歴史好きだった私は坂本龍馬が潜伏していた『近江屋』を連想し、夜中に十津川郷士を名乗る狼藉者が来るのではないかという雰囲気が気に入った。そして何より食事が旨かったのもさりながら、それが『お膳』で供されるのが何より良かったのだ。お膳と言っても宴会場の大広間で出される大仰な物でなく、時代劇で見るような小振りの物であったから余計に『風情』というものを感じられた。
私はここで京町家に触れ、京の『おばんざい』を食し、古都の魅力に始めて触れたのだと言って良い。

子供達が京都の学校に通うようになってからその辺りを探すのだけれど、なかなかそこを探し当てることが出来なかった。「もう廃業されているのでは…」と気になってストリートビューで探した。文明の利器の優れたことはすぐにそんな事が出来ること。あちこち探してかなり迷ったけれど、なんとか見つけることが出来た。幸運なことにまだ営業されているようである。これについては誠に慶賀の至り。だが問題は別にある。
何で現地で見つけられなかったのかと言えば、周辺環境が激変していたからである。

以前の袋小路に入る門の両脇は駐車場の更地と、どこにでも有る様な普通の住宅と駐車場になっていた。謂わばその門と袋小路だけが『突出して』そこに立っていた。何と寂しいことか。以前の風景はもうそこには無かった。
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            〈京都角屋〉−ウィキペディアより引用−

じきに両脇の駐車場にはマンションなんかが建つだろう。それでも大きく空いた穴を埋める事は難しいと思う。これはたとえ最近の『町家風住宅』が建っても同様に。
一旦失われた歴史を感じさせる風景は二度と戻ることはないだろう。

とは言っても住んでいる人間からしてみれば、住居の老朽化というのは只事ではない重大事なのだ。自分の生活に関わることだから、のんびり景観などとは言ってられないに決まっている。それを批判出来るものではないし、仕方のない事なのだと理解している。

だから写真に残しておくのが、せめてもの『風景への哀惜』の表現でないかと最近思うのだ。

私にどれだけの写真が残せるか、ほんとに知れたものではあるけれど…。




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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
わたしの住む三輪では・・・町柄か、このような建物がまばらではありますが、散見することが出来ます。中にはもう済む人もいなくって朽ち果てて行くに任せたようなのもありますが、さすが人が住んでいるところは違いますね。伝統的な建築物の息の長さを感じさせてくれます。
でも・・・話を聞くとその維持は大変そうですね。
三友亭主人
URL
2015/11/18 21:15
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

そういえば橿原市の今井町は伝建地区に指定されていましたね。なかなかあそこも風情があって良い街並です。
基本的に伝建地区というのは『点』ではなく、『面』で文化財を保存する目的で指定されているのですが、京都の町家を保存しようとすればほぼ全域指定に近い形になってしまいますので、かなり絞った形での指定になっています。

京町家に特徴的な窓格子の形に関わりのある『西陣』辺りの町家が、日常茶飯的に取り壊されているのは指定区域外という事も手伝っている様ではあります。個人では町家の保存など至難の業でありますし、『着物離れ』で廃業する織り屋さんも沢山有って、町家を取り壊してマンション経営に転職するのがパターン化している様です。
住んでいる人からしたらワザワザ大金を使って不便な生活をしないといけない訳ですから、建て替えを選択するのは無理からぬ話だと思います。

京都市内は殆どが京町家ですので、全てを保存しようとすれば莫大な補助金が必要となる訳ですし、行政の方も手を出せない状態になっているのだと思います。

この流れに逆らうというのは非常に困難でしょうから、今のうちに写真で記録しておくというのが唯一の対抗策かも知れません。
誠に残念なことですが…。
Nori
2015/11/18 22:26
 京都の町にも、どこにでもある無個性な家並みがあちこちに目立つようになりましたね。しかしそれも無理からぬことだろうと思います。今どき昔風の町家を新たに建てるとなれば、とんでもない資金を要するでしょうし、リフォームするにしても簡単にはいきません。

 それに昔風の家の作りは趣味的には魅力があるけれど、今となっては必ずしも使い勝手がいいとは思えませんし、田舎者としては一種の排他性を感じますから、よそから来た方が町家に住むとなれば、ご近所づきあいもむずかしそうです。

 しかしやはり町家の風情には惹かれますので、だんだん姿を消していくのは惜しまれます。去年西陣のあたりを歩き回ったとき、何軒か売り家をみかけました。お金さえあれば買い取ってリフォームjしたいものだと思いましたが、ない袖は振れませんよね。

 ともかく京都にかぎらず、日本全国の都市がだんだん均一化して無個性になりつつあるのは残念なことだと思っています。崩壊寸前の飲み屋街がかえって新鮮に見えるんだから困ったものです。
薄氷堂
URL
2015/11/21 09:43
薄氷堂さん コメント有り難うございます。

去年薄氷堂さんが居られた『西陣京極』辺りも、大阪の大手スーパーが店舗を建設しておりまして、仰有る様な無個性な町並みに拍車をかけております。
まさにあの辺りで町家や織り屋さんの建物が壊されて、新しい家やマンションを建てる工事がずっと続いています。

京町家は風情があって良いのですが、最近の便利で快適なシステムキッチンやらシステムバスやら知ってしまった以上、後戻りは出来ないのが現実だと思います。
最近になってようやく町家保存の運動が目立つ様になってきては居ますが、やはり通常の家を建てるのと別途にお金がかかってしまうので、規格品の家を選択してしまうのは仕方ないことかなと。

せめて外観だけでも残しておいて呉れればいいのでしょうけど、家の前に車を停めるスペースが…となると難しいですよね。
昔ながらの格子窓や京都で言う『おくどさん』なんかは、もう博物館に行かないと見られなくなってしまいそうです。

何処に行っても同じ様な街並みしかない無個性さは、なんだか味気ないですし街の歴史を否定している様な気がして仕方ないんですよね。
実に寂しいことです。
Nori
2015/11/21 12:16
非常に情けない話ですが
僕は出張でホテル以外に泊まると風邪をひきます。
ベッドに慣れているので布団がダメなのと
空調でしょうか。

こんな旅館で熱燗を飲んで寝るのは、一度やってみたい気もします。
根岸冬生
URL
2015/11/23 08:30
根岸さん コメント有り難うございます。

私が泊まった京町家も12月頃でありましたので、結構寒かったんですよね。部屋にはエアコンがついてましたので『強』にしてましたけど。

熱燗ではありませんがコンビニで買ってきたウィスキーとツマミで「うー寒ぃ」と言いながらチビチビ飲んでました。
立派な一枚板の高そうな座卓がありまして、その上に粗酒・粗肴を並べたりして。近江屋で鳥鍋をつつこうとしていた龍馬さんとは雲泥の差があります。

ですが雰囲気はそのまま、今にも狼藉者が「こなくそ」とか叫びながら踏み込んできそうで、なかなか面白い経験だったのです。
そして朝食は坪庭が見える座敷で、記事にもあります時代劇に出てきそうなお膳で頂きました。
菜っ葉の炊いたのとかさり気ない惣菜でしたが、どれも結構美味しくて「やっぱり京都だなぁ」と思ったのでした。

そうそう、先日ウチの職場に琉球の方々がお越しになって、色々と接遇をさせて頂きました。
皆さん顔が濃ゆいのに根っこが素朴で、とても素敵な方々でしたよ。
Nori
2015/11/23 11:44

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