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zoom RSS 活字離れやら意思疎通やら

<<   作成日時 : 2016/02/06 12:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 4

世間では活字離れという事が言われている。
そうは言っても若者達はメールやLINEで液晶画面に表示される活字を見ているし、オッサン達はパソコン画面上に表示される活字を机に縛り付けられながら読んでいる。
まあ厳密に言うと紙媒体の情報から離れているという事なのだが。

私自身も紙媒体とは言え、仕事で取り交わされる欠伸を伴う様な退屈な書類ばかりを目にして、雑誌の類は全くといって良いほど読まなくなってしまった。前記の『広義』の活字ならば、ブログのお付き合いをしている方々の記事は数少ない楽しい情報である。
ちなみに私は自分のブログの記事は余り読み返したりはしないのです。少しばかり照れくせーのである。
何より字が細かいとオッサンには読みづらい。と思っていたら表題横のRSSボタンの右を押したら字が大きくなるらしいのでお試しを。
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とは言え全く書籍に対して興味を失った訳でもなく、最近流行り?の電子書籍に手を出した。しかし本を手に持って読むという感覚が無いと妙に味気ないものである。
パソコンを開いて起動させて、ソフトを立ち上げて読むというプロセスもまだるっこしい。ぱっと手にとって読みたいところから読み進める手軽さが無いのだ。
気付いてみれば私も奥様と同様のアナログ人間だった訳で…。

そんな事で気になった作家の本を読んでみようと。以前ウチの子供達が受験生になった時に、受験する大学を選ぶ一因になった小説家がいると聞き、それを読んでみようかなと。下の子は『万城目学』という作家で、上の子は『森見登美彦』と言う作家を知ったからだと言う。
二人に共通するのは京都にある大学を舞台にした小説を書いている事。

てなことを言いながら私もつい最近まで森見登美彦という作家の本は、『宵山万華鏡』という1冊だけしか読んだ事が無く、不思議だけれど面白い話を書く人間だなという印象しか無かったのだけれど、お嬢様達から教えてもらった『夜は短し歩けよ乙女』という小説を前記の電子図書で購入して少し印象が変わったのだった。
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これは変なこだわりがあって意中の後輩に自分の思いを伝えられない馬鹿な大学生の話で、読んでいる内に私の愚かだった学生時代と重なる部分も多くあって、古今男子学生の考える事に違いは無いのだという妙なシンパシーを感じながら面白く読んだのだった。
私にも心当たりがあるが、世間の男子学生というのは総じて馬鹿なものなのだ。

その後お嬢様達から『四畳半神話大系』と『新釈走れメロス他四篇』を借り、自分でも『恋文の技術』という文庫本を買って読んだ。中でも『恋文の技術』という本は面白く、奥様に訝しがられながらも笑いながら読了した。
ここでも馬鹿な男子大学院生が主人公である。
そしてこの小説は有名な『若きウェルテルの悩み』と同様の書簡体小説である。

作者によればゲーテではなく夏目漱石の書簡集を見てヒントを得たらしいけれど、登場する人物間で交わされた手紙だけで物語が進行する。そして主人公は京大大学院から能登の僻地の研究所に飛ばされて、一通の手紙で女性を籠絡する技術を会得しようと目論見、その暁には恋文代筆のベンチャーを立ち上げようという野望を抱く院生である。そのくせ意中の女性には恋文がかけない駄目なヤツなのだけれど。
まあ程度の差こそあれ、みんなこんな感じだったという懐かしさを感じる人物なのだ。
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詳細についてはネットに書評が溢れているから割愛するけれど、面白く爽やかな読了感があった反面、久しく恋文のみならず手紙というものから疎遠になっている自分を省みた。そして今流行りのLINEやツイッター・メールなどは如何に希薄なコミュニケーションであるかを感じたのだった。

本当は実際に会って自分の言葉を紡ぎ、相手に心情を伝えるのが最も情報量が多い最良の手段であろうと思う。表情や態度というのも有効な情報となるからだ。
但し、時に却って本意が伝えられない状況も発生する。
その次は電話で自分の声を聞かせるという手段。感情は声にも現れるからインフォメーションも多い。だがこれは相手の状況や表情が見えないリスクを負う。ヘタをすると全てマイナスに進める可能性だってあるのだ。
だから最近はもっと情報量が少ないけれどリスクも少ないメールが好まれる。

手紙もメールと同様に情報量は限られている。でも自分の文字で書いたものからは、パソコンで書き込みプリンターで印字したものより多くのインフォメーションが伝えられる筈である。
何より『行間を読む』という人間だけに許された楽しみを享受出来るのだ。

といった訳で私は事務書類の送付等も、一筆箋で自筆の文章を添える。
少しばかりこちらの意志が伝われば良いかと思うからだ。

パソコンを使ってブログを書いている奴が偉そうに言えた義理でもなく、変な方向に話が流れてしまったけれども、久しぶりに誰かに手紙を書くのも良いかなと思っている昨今である。

蛇足ですが漱石の書簡の形式は、奉書を半分折にした江戸期の形を踏襲していて興味深かった事を付記しておきます。



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
なかなか新しいとことを詠んでいらっしゃいますね。
それもまあ、お嬢様という身近な情報源があったからのことなのだと思いますが・・・我が家の息子どもにはどうにもこの機能はなく・・・
あいも変わらず・・・30年以上(いや半世紀以上かな)前の小説ばかり読んでいます。
三友亭主人
URL
2016/02/07 08:10
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

上の子が京都で独り暮らしを始めた頃に、本棚にあったのを見て「これって面白いか?」と聞いた時に、「凄く面白いよ」と言ったのを覚えていたのです。
内容は『中島敦』を意識した様な文体なのですが、内容は非常にフザけたものなので子供達にも読みやすかったようです。

まあ普段はカビの生えた古いものばかり目にしていますので、プライベートでは新し目の情報を欲するのかも知れません。

そして男の子というのはこの時期に、将来の道楽になるものの種を沢山収集するというのが常ですから、小説なんぞ読んでいる暇は無いのだと思いますよ。

私にも身に覚えが有りますから。
Nori
2016/02/07 08:32
 ぼくは紙媒体が根っから好きで、特に寝転がって文庫本や新書サイズの本を読むのが楽しみだったのですが、目が弱くなってからはそれがつらくなってきました。

 そのため、ネットでテキストを手に入れたら、それをワープロに取り込むか PDF に変換し、表示を拡大して読むことが多くなりました。

 目にはよくないのでしょうが、液晶ディスプレイだとコントラストも高くて大変読みやすいのです。

 それでは味気ないから、本当はもっと紙の本を読みたいんですけど……
薄氷堂
URL
2016/02/25 21:26
薄氷堂さん コメント有り難うございます。

私も歳をとって目が遠くなってしまってからは、眼鏡を使わないと文庫本の字が読めなくなってしまい、ゴロンと寝転がって腕枕で読む事が不可能になりました。

そうすると仰有る様にパソコンが便利になってくるのですが、長時間向き合っていると目が霞んできますので、ブルーライトプロテクト機能付きの老眼鏡を使う事になります。
結局楽には読ませてもらえないという訳です。

ですがパソコンを触ると将来的になる可能性がある認知症の予防にもなるらしいので、便利さに流されて本を手にする機会が益々減っていきそうな感じですね。

書店に行ってあれこれ手にとって考える…といった楽しみが無くなっていくのも味気ない様な気もしています。
Nori
2016/02/26 10:36

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