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zoom RSS 理想と現実の乖離

<<   作成日時 : 2016/11/20 08:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 6

実に哲学的な表題である。
「アンタに哲学的な部分なんてあるのか」と奥様から激しい突っ込みを受けそうであるが、こう見えて思春期から青年に到るまでの間は非常に哲学的に悩んでいたのである。
自分の存在が何なのか判らずにバイクを盗んで走り出すような事は無かったが、深く自分の存在と世界との関係に思いを巡らさない日はなかった。自分の理想のように生きられないのは何故なのか?。
その命題が頭から離れる事は無かった。

それに一定の方向を示してくれたのは禅だったりするのだが、「細けー事は考えずに力一杯ガンバりゃイイんだよ。そのうち自分の欲しいモンなんて手に入んだから」という禅語に啓発され、判った様で判らないまま深く考える事を止めて思春期を卒業した。コレの本当の意味が判ったのは随分後になってから。人間の成長というものは遅々として進まないものである。
ちなみにこの禅語の正しい表記は『應に住まる所無くして而も其の心を生ず』と書き、もしくは『水を掬すれば月掌中にあり』とも表現する。
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私はこの記事で別に純粋理性批判の批判をしたいわけではない。また現実の私の姿をツァラトゥストラと引き比べるつもりもない。
純粋且つ単純に自分が思っているよりも、若干太っているのがツライという事である。

思えば結婚する前はスマートでアゴの線もシャープであり、一見ドラマに出てきそうな美男子だったにも関わらず、結婚してからの私はそれまでの面影を喪失してしまうくらいに、横方向にばかり成長したのだった。
これについての原因は巷間存在すると伝え聞く『幸せ太り』というものか、はたまた近頃頓に感じるストレス太りなのかは後日の詳しい分析の結果を待つのみだが、結婚時に友人が言った「結婚して5sくらい太るのは義務だぜ」という言葉を強く否定するのに吝かではない。

そもそも何故にこんな話をしているかといえば、先日自転車に乗って颯爽と林道に向かっていた時に遡る。
気持ちの良い日の光を浴び爽やかな風に吹かれながら、そして脇を流れる川のせせらぎに心を洗われつつ私は自転車を駆っていた。エメラルドも斯くやと思われるほどの水の色に写るささやかな吊り橋。
私はその橋の上から川を眺めてみたくなったのだった。
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漢(おとこ)というものは自爆ボタンがそこにあれば押したくなるものであり、橋があれば渡ってみたくなるのは性(さが)というものである。であるから当然に、私はその橋を渡るのに何の躊躇も無かったことは間違いのない所である。
そして自転車に乗ったまま橋の半分に到らんとした瞬間に、足元から不吉なそして破滅的な音が聞こえるではないか。

腐朽して乾燥した木材の割れる音。正確に表記すれば「パキパキ」。
この音からその場に留まる事の危険を察知した私は、これまで見たことがないようなケイデンス(回転数)でペダルを回し、容易ならざる決意で向こう岸を目指したのは言うまでもない。
何故なら落下すれば私自身も怪我をすることも然りながら、奥様の目を盗んでは愛情と資本を注ぎ込んだ自転車が対岸ではなく彼岸に行ってしまうかも知れなかったからだ。
この時の気分は男性諸氏ならご理解頂けるものだと思う。
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レースでのフィニッシュを彷彿とさせるような踏み込みで対岸に到着し、振り返っては橋の状況をつぶさに観察した。見たところ木が割れたのは経年劣化によるものが主原因で、私の体重に起因するものではないと冷静に判断を下した。
とは言いながら些少の無理を感じつつ、背中にいつもとは違う変な汗をかいていたのは事実である。

ちなみに自宅へ無事帰還してから、自転車に乗り始めて脚力が付いてきたことの自覚と、それに対して僅かしか減少しない体重のことについて思いを巡らしたのであった。

そして自転車に乗り始めてからメシが旨くなったという事に思い至った時、私は漠然とデカルトの『運動量保存の法則』を連想し、禅にいう『大諦』『要諦』という事をおぼろげに理解したのである。

断食に優るダイエット無し…。

しかし私はダイエットの為に自転車に乗っている訳ではないと改めて思い直し、体重の変化に注視する事を一切止めたと決心したのであった。










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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
何やら深遠な話かと思えば、体重の話でしたか^^;

自分は自転車再開1年余で、20代前半頃の体重に戻りました。
飲酒を制限すれば、10代後半頃まで戻りそうな勢いですが、
好きなウィスキーを減らしてまで体重を減らそうとも思えず・・

脚力(=大腿四頭筋)が強くなるにつれエネルギーの消費も増す筈なので、脂肪を燃焼しやすい体質に近づいている筈・・
自転車漕ぎが習慣化すれば、遠乗り一発で体重2Kg減位は行けますよ。

ダイエットではなく、ウマいメシと飲酒の為に漕ぎましょう!
みりとも
2016/11/21 15:07
みりともさん コメント有り難うございます。

私としては毎日乗りたいのですが、ここの所バタバタしておりまして自転車を横目で見ながらウズウズしている状態です。
何しろ自転車に乗ると非常にビールが旨いのとメシが旨いという悪循環?で、なかなか思うように体重には変化がありません。

ただ今までヒーヒー言って登ってた坂が、最近は特に意識せずに普通に登れてしまえたので、着実に脚力は付いてきているのだと思います。
片道30qのいつもの比較的平坦なコースが崖崩れで走れなくなり、車も多く起伏も大きい国道の走行を余儀なくされてるのには困っておりますが…。

仰有る通り旨いビールと旨いメシのために自転車に乗り続けます。
これから寒くなりますので、お互い無理をしないように頑張りましょう。
Nori
2016/11/21 17:47
横方面への成長は、私も課題となっているところで・・・

食べる量を減らしたり、ジムに通ったり・・・

けれども年齢がますにつれて、若いころほどドカ食いをすることもなく、どちらかといえば少食になってきたのに体重は一向に減らない。さては・・・これは新陳代謝の低下というやつか・・・はたまた一向に減らぬアルコールによるカロリーの摂取か・・・

まあ、後者である可能性が高いのはわかっているのですが・・・こいつだけはねえ・・・
三友亭主人
URL
2016/11/23 08:06
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

テレビのCMでやっている「結果をコミットする」ジムに通っていた方から話を聞きましたが、あれは運動で痩せるというのではなくて、基本的に食餌療法なのだそうです。
運動したらビールやメシが旨くなるのは当然のことらしいので、如何に糖質を摂らないかというのが課題になるのだと。

液体で摂る糖質をどうしても減らしたくない私は、食事の方の糖質を減らしてバランスを取ろうと考えてます。
汗をかいた後のビールやウィスキーを止めるわけにはいきませんから。

でも記事にある通り「ものの本質は立ち止まって考えるところにはない」と禅でも言っておりますので、体重変化に囚われることなく自転車と酒に邁進したいと思って居ります。

ほんの少しだけ留意しておけばイイかなと。
Nori
2016/11/23 08:41
よし。とりあえず、来週、三日間だけ、断食します。
そのあとは、その時に考えるけど。

>「ものの本質は立ち止まって考えるところにはない」
>と禅でも言っておりますので、

うふふ。そりゃあ、坐禅そのものの否定にも聞こえますね。
根岸冬生
URL
2016/11/24 13:34
根岸さん コメント有り難うございます。

臨済禅に限ってのことなのですが、日常生活にこそ修行の場があるからワザワザ寺にまで来てウロウロ座ってる奴は邪魔で仕方がないらしいです。だから心の病に罹ったと寺に来た奴には、骨の1本も叩き折る荒療治を施すのだそうです。
あくまでも精神的にですけどね。

しかし断食した後のメシは旨いと言いますよ。
私も経験したことがありますが、禁煙した後の一服の旨いこと…。

子供の職場の同僚に『禁煙のプロ』を自称する人が居て、「禁煙のことなら俺に訊け、何度も禁煙している俺が言うんだから間違いない」とレクチャーするらしいです。

Nori
2016/11/24 16:23

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