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zoom RSS 嗜好とか味覚とか

<<   作成日時 : 2014/03/29 07:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 6

公私ともに京都に行く機会が多い。
仕事で京都に行ったときは、会議の後の懇親会の流れで大抵居酒屋などに行く。その時には極力おばんざいの食べられる店を選ぶのが恒例となっている。何故なら50代に足をかけたおぢさまには最近の料理は味が濃く、魚や野菜を中心にした献立の方が有り難いからである。

以前は会議場近くの堀川中立売あたりに良い居酒屋があって、その店をよりどころにしていた。何より北陸の銘酒である久保田や銀嶺立山が飲めて、板前さんの腕も良い店だったのだ。宣伝のためだけでなく『ぐるなび』を見たら結構贔屓の方もいる様なので店名を書くが、『ん』という居酒屋だった。「だった」と過去形なのは数年前にその店を畳んでしまったからである。
いくつかあった店の内、木屋町にある店は今もやっているらしいが。
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数年前金沢在住の知人と行ったときに、私の職場に居る若い女の子の偏食が過ぎるという話になったのだった。その女の子の家庭事情は色々とあって可哀想だと思う部分は多々有るのだが、食事を親と一緒にすることがあまり無かった様である。嫌いなものでも食べろという大人が近くにいないと、いきおい自分の好きなものだけを食べるという事になりがちなのは理の当然だろう。
その子は唐揚げとかハンバーグとかファミレスにある様な料理しか食べられなかった。

そんな話のついでに「日本の家庭料理はどうなるんだろう」という大層な話をしていて、大根の葉っぱ一つでもやり様によっては旨いものなのにという話に飛んだ。そしてやはり京都は野菜が旨いという話をしたときだった。
一人の板前さんがカウンター越しに、塩もみした大根の葉が入った小鉢を出してくれたのだった。
「お話を伺っていて、ついでにちょっと作ってみました」と。

それから板前さんを交え「その時期折々のものを季節に合わせて食べる」という醍醐味について語り合い、一年中有るものしか食べられないというのは一生の半分以上を損しているんじゃないかという極論も出て、最後には食育というのは大事だねという結論に辿り着いたのだった。

あれから時間が過ぎて偏食をしていた女の子は2児の母親になった。
私が想像するにその子供達は、母親が育った状況に近い食生活を送っているのではないだろうか。嫌いなものをハナから受け付けない母親が、食卓に自分の嫌いなものを並べるとは考えにくい。当然自分が食べられるものばかり作るだろう。それが自然な成り行きというものだと思う。

私が危惧するのは日本食が文字通り『無形文化遺産』の名が示す通り、遺産というか遺物になってしまう事なのだ。現在そういった私が進んで欲しくない方向に、事態が進行してしまっている様に思う。何故なら若者達が好んで食べる食べ物は皆一様に味が濃い。
たまに利用する外食を通じてそれを痛感する。
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私達の子供の頃は普通に年寄りが同居していて、食卓に『菜っ葉の炊いたん』とか自然に並べられていた。各家庭に年寄りがいなくなり、それに伴ってそんな献立も食卓から消えつつある。スーパーに並んでいる食材からも『旬』というものが消えつつある。

確かに日本食が世界無形文化遺産に登録されたのは慶賀な事であり、今後本物の日本食が世界的に認知されるというのは良い事だとは思う。例えば博物館に展示される様な過去の遺物にならない為には良い手段なのかも知れない。

だが特定の店に行かないとそれが食べられないという状況だけにはなって欲しくないのだ。ハンバーグやカレー・唐揚げばかりでは『家庭の味』たり得ない。

時折「日本人の味覚は世界一優れている」とか「外国の食べ物が不味いのは味覚が劣っているからだ」とかいう極論を見聞きする。
果たしてそうなのか。

このまま行けば日本食だって『何時、何を食べても同じ味』の料理といわれてしまうだろう。確かに自国の文化に誇りを持つのは大切な事である。でもその足下で何が起こっているか冷静に判断出来る目を持っていなければならない。

おばんざいか美味しく食べられる様な店が閉められた事も含め、脳天気に「日本人の味覚は敏感だ」などといっていられないと私は思う。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
>確かに自国の文化に誇りを持つのは大切な事である。でもその足下で何が起こっているか

本当にそうですね・・・それとともに「誇り」のみに目を向け、そうでない部分に目を向けないというのも最近は目立つように思えます。
恥を知る・・・というのも、この国の立派な・・・誇るべき文化であったと思うのですが・・・

それにしても・・・

>北陸の銘酒である久保田や銀嶺立山が飲めて、板前さんの腕も良い店だったのだ

なかなか・・・いい感じですね。
三友亭主人
2014/03/29 20:21
三友亭主人さん コメント有り難うございます。

私が言っていることも極論ではあると思います。
でもこれは極端な例ではなく、この山村でもごく普通に見られる状態なのが問題ではないかと。それもこの女の子だけでなく、インスタントラーメンやレトルトカレー以外食べられない人間もいるという現実です。

偏食だけでなく極端に酷い姿勢で食べる人間もいて、家庭の食卓が如何に大切なものなのかを知る例が沢山あります。
西洋にもテーブルマナーが有るのと同じく、最低限そんなものを身につけているべきだと思うんですけどねぇ…。

ちなみに旨い酒が飲めておばんざいが食べられる良い店だっただけに、閉められたのは断腸の思いです。値段もかなり良心的な店だったんですよ。
まあ、今度木屋町の店に行ってやろうと思いますけど。

Nori
2014/03/29 21:35
[ひとりきりの食事]
ひとりきりの食事は とても
寂しく、食事中の姿勢や食べ方や
マナーにおいて手本になる者も居ず、
わたくしにおいても酷い有様でした。
食べる事が只食欲を満たす行為でしか
ありませんでした。

皆で卓を囲んで、皆で調理した者を労う
そんな些細な事でさえ、現代はままならね
様であります。
食を供する者と食す者そして互いにシェア
出来てこそ発見や発展、食の文化として
成り立つのではないかと思います。

ひとりだとお菓子で一食済ましてしまう
危惧を今でも感じます。



四の字硬目
2014/03/30 10:06
四の字硬目さん コメント有り難うございます。

今の時代は核家族・夫婦共働きというのが一般化しているお蔭で、各家庭での食育は随分と難しいものになってしまいました。大家族制度が崩壊した時に、こうなることはある程度予測出来たことなんだと思います。
私の居る自治体の元教育長は給食廃止論者だったのですが、実際に給食を廃止した学校に行った時、子供達が菓子パン1個とかポテトチップス一袋とか持ってきて食べているのを見て、余りに可哀想な気がして宗旨替えをしたらしいです。

記事の中に出てくる女の子は京都旅行に行った時も、ファミレスで食事をしてきたそうです。地元の店に入ると食べられないものを出される可能性が有るので、何処へ行ってもファミレスを使うそうです。

そんな話を聞いても「それはいかんだろう」と言えない部分があって、難しい問題なのだなと痛感しているところなのです。
Nori
2014/03/30 14:41
少し耳が痛いのは、一人で家で食べるようになって、行儀が悪くなったことですね。
時々、肘ついて飯を食っている自分に気付いて驚く時があります。うちの家庭では絶対許されないお行儀。

ファミレスの飯というのは、いつ食べたか記憶にありません。打ち合わせでドリンクバーぐらい。これとて、打ち合わせには迷惑なサービス。
最近、嬉しかったことは、和風居酒屋のランチのみそ汁がしっかりと鰹節で出汁をとっていたこと。
根岸冬生
2014/03/31 09:18
根岸さん コメント有り難うございます。

実は今、末っ子の新居引っ越しに忙殺されておりまして、漸く一息ついたところなのです。返事が遅れましたこと、お詫び申し上げます。

ということで今京都におりまして、これから帰って朝からまた仕事です。
これから子供がちゃんとした食生活をするのかどうか気がかりでして、他人の事をとやかく言えない状態だったりします。

でも確かにちゃんとした食事を気軽にしようとすれば、居酒屋だの小料理屋だのでチェーン店ではないところになっていくんでしょうね。
良心的なお店は応援したくなりますが、金銭的にそれが許されない状態だったりするのも辛いところです。

ちゃんとしたところで本格的にというと、それこそ凄い金額になるんでしょうが。
Nori
2014/04/02 23:07

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